別にエロでもなんでもない、普通のシリアス話になりそうです。

「おいココ！　こいつやべえんだ、助けてやってくれよ！」
　そう言って友人のトリコが僕の家に押しかけてきたのは、数日前のことだ。
　その腕に抱えられていたのは小さな小さな人の姿をした狸だ。
　近頃流行り始めたヒューマンアニマルというタイプのその種は、主に人の世話をする者として扱われている。専門店に行って、好みの顔と性格の者を選ぶ。
　大体において、夜の世話や炊事家事全般を請け負うことがほとんどだ。様々なものに特化した者もいれば、安価に抑えた者もいると聞く。
　小さいタイプの者から、体の大きな者まで、そのタイプも様々だ。大体は子供の頃から引き取り、自分好みに育てることが出来るタイプが一番人気だが、面倒臭いと言って放棄をする人間も多いという噂だ。
　僕はその仔狸の頭を撫でる。びしょ濡れのその仔は雨に体温を奪われ、息も細かった。随分と体力を奪われているようだし、怪我もしている。
　僕はトリコと目を合わせると、首を振った。
「ここじゃ駄目だ、僕が今ここで処置出来る仔じゃない」
「じゃあどうしろってんだよ！」
　トリコが声を荒げる。僕はトリコの腕からその仔を奪うと、靴を履いて外に出た。雨脚は強く、視界を遮るようなその雨は、今まさにこの仔の命さえも奪おうとしているようだった。
「……どうするもこうするも、行くしかないだろ。一龍先生の所に行ってくる」
「ああ？！　親父だと？！」
「ここからだと幸いにして、そう距離も遠くない。走れば間に合うさ」
　僕はトリコの声を背に走りだす。腕の中に小さな子供が助かることを祈りながら。




　雨はどうやら上がったようだ。
　僕は机に向かっていた体を伸ばし、ぼきぼきと骨を鳴らした。随分凝っている。
　僕は椅子をくるりと回転させると、部屋の隅に敷いた布団の中で眠る仔狸の顔を見た。大分血色もよくなってきたようだ。
　僕は眠る小さな仔のその丸い頬を撫でてやる。まるで人の温もりを拒絶するように、その子は僕の手を払う仕草をする。人を拒むような仕草に、僕は眉間に皺を寄せた。
　あまり触れて起こすのも可哀想かと、僕は布団から出ていた小さな手を布団に戻し、その場を離れる。
　アァッ！　と、いつも時間にやってきたキッスが窓の外の手摺に降り立つ。一体あの雨の中どこにいたのかと思ったけれど、利口なこのキッスのことだから、どこかで雨宿りでもしていたのだろう。
「おかえり、キッス」
　キッスがまた鳴いた。人差し指を当てると、首を傾げながらも今度はクルルとした泣き声に変わった。
「ちょっと手負いの狸を預かってね」
　キッスは首を傾げた。じいと部屋の中を覗き込む二つの目は、本当に不思議そうにその二つのふわふわな耳を見つめているようだ。
「悪戯しちゃ駄目だよ」
　利口な鴉は、それで理解したらしい。顔を僕の方へと向けると、また一声鳴いて見せた。
　僕は未だすうすうと寝息を立てる仔狸を見下ろすと、ふうと息を吐いて、再び開いていた本の上へと視線を戻すことにした。