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「何用かな」
「小松を出せ」
数人の村人が、松明を持ってそこにいた。その目はもはや理性の色を伴ってはいない。
「小松君は今忙しいんだ、僕が用件を聞くよ」
「貴様では意味がない。小松を……――」
僕は言葉を遮り、風を巻き起こして松明の火を消した。村人は恐怖に慄き、何人かは転んだようだった。
「貴様、人の子ではないな!」
「……だとしたら、どうする? 人間のお前達に用はない」
僕は腕を伸ばす。圧倒的な力でもって人を捻じ伏せると、苦しそうに呻く人間達が僕を詰り始めた。
その中の一人が、僕の背後にある家を見て、叫ぶように言った。
「やはりあいつは、鬼の子だったんだ!」
それは、小松君に向けられて発せられた言葉だろう。その言葉に村人達は声を揃えて、今度は小松君を詰り始めた。小松君の家に火を放てという声もあれば、小松君を村から追放すべきだという声もあがっていた。
僕はその言葉に、思わず力の加減を誤りそうになった。だけど、命を奪っては元も子もない。この人間達に罪はない筈だ、多分。
小松君の泣き顔さえ思い浮かべなければ、僕はこの人間達をどうしていたかわからない。
人とはなんと脆いものか。自分達と少し違うくらいで、人というのはすぐにそれを排除しようとする。陰陽師である小松君の説く妖と共存するという志は、確かに立派だ。害のない妖のが多いのだから、もしも出来るならそうするにこしたことはない。排除しようとすれば、当然反発も起こるし、それに伴って恨みだって連鎖する。この恨みの連鎖を断ち切れる人間が、妖が、陰陽師が、この世界にどれ程いるだろうか。
早々いるものではないだろう。でなければ、この世界はもうちょっとマシな世界になる筈だ。
「……それ以上小松君のことを悪く言うのなら、僕も容赦しないよ、人間風情が」
村人達は僕の声なんか聞こえていないのか、小松君を詰る言葉を吐き出し続ける。醜い。その姿はとても醜い。僕としたことが、うっかり忘れかけていた。人とは汚い生き物なのだと、改めて思い知らされる。
小松君の考えは確かに立派だけど、当然村人には理解され難い。だからこういった摩擦が出てしまうのも頷けた。いつかは起こる気がしていた未来、それが今、目の前にあった。
妖とは本来、闇に巣食うもの。異端のもの。人間達には、恐ろしいものにしか映らない。
それと共存出来ないという人間達の言い分はわかる。だけど、わかろうともせず、ただ恐怖に突き動かされるままに小松君を排除しようとする姿は……。
僕はギリ、と唇を噛む。口の中に血の味が広がったけれど、この体を今まさに支配しようとしている激情を抑えるのに必死な僕は、そんなことに気をやる余裕もなかった。
「……鬼は、どちらだ」
地に伏せる人間達を冷ややかに見ながら、僕は地を這うような声で低く呟いた。
小松君と付き合っていく内に、僕は本当に小松君が陰陽師であることが不思議だった。純粋で素直な心は眩しいし、僕らに分け隔てなく接してくれる優しさは好ましかった。小松君のお陰で、この村の人たちも必要以上に妖を怖がらなくなってきているのも事実だと思う。その優しさに救われた妖も、人間も、数知れずいるだろう。
だけど、その優しさにつけこもうとする不埒な輩もいれば、それを良く思わない者達もいる。
そして、優しい彼の心は、こういう馬鹿な輩達によって、いとも簡単に傷付けられてしまうだろう。僕にはそれが、嫌だった。
この村人たちが小松君を排除しようとするのなら、僕にだって考えがある。指先を村人たちへと向けようとした瞬間、後ろの玄関戸が音を立てて開かれる音がした。そして、そこから飛び出してきた人物に、僕はびくりと体を竦ませる。
「ココさんっ、だめ……っ!」
家の中から飛び出してきたのは、間違えようもない、小松君だ。その姿に、僕は目を見開いた。
「小松、くん……?」
倒れ込むように抱きついてきたその体を抱き留めて、僕はそこに膝をつく。僕の妖力に、今の小松君が抵抗出来る力などない筈だ。余程の無茶をしているのだろうことだけは、わかる。
「大人しく寝ていればいいものを……なんで出てきたんだ!」
「だって、ココさんが……!」
小松君は僕の頬を掴み、ぐいとその胸に引き寄せる。
「駄目です、ココさん! 呑まれちゃ……っ!」
呑まれる?
僕はその言葉に、眉間に皺を寄せる。小松君は酷く辛そうな顔で、首を横に振る。ぎゅうと首に腕を回されて、小松君の温もりが僕の体を包み込んだ。
「あんな餓鬼の言うことを、間に受けてはいけません」
餓鬼? 僕は眉間に皺を寄せて、小松君の体から香るその匂いを吸い込んだ。その香りに、先程まで僕の中に燻っていた憤怒の感情がすうと消えていく。見上げると、柔らかな笑みを浮かべてた小松君がそこにいた。
「弱っていたのは、どうやらココさんみたいですね」
膝をついた僕の前髪を掻き上げて、小松君がそこに接吻してくれる。その袂からお札を数枚取り出すと、小松君は村人に向かってゆっくりと歩いていく。
「ココさん、具合が悪い所申し訳ないのですが、ちょっと手伝って頂けますか」
笑みを浮かべた小松君は、僕に向かって手を差し出す。その意味を悟って、僕は小さく息を吐き出した。
「……御意」
黒い翼を出して、窮屈だった姿から本来の姿へと戻る。仮に小松君の言う通り、僕の体調が悪いのだとしても、相手が餓鬼なら不足はないだろう。
「……はぁ、久々です」
のほほんとそう言いながら、小松君はお団子をとても美味しそうに頬張っている姿を、僕は見上げた。
「ん、ココさんも食ベまふ?」
もふもふと口の中に串を突っ込んだまま喋るその品のない姿に、僕は眉間に皺を寄せる。僕の眉間に寄せられた皺の意味を悟ったのだろう、小松君が苦笑を浮かべた。口の中のものを咀嚼して、きちんと飲み込んでから、僕の顔を覗き込む。
「そんな不機嫌な顔しないで下さいよ。美味しいんですもん、このお団子」
食べないと損ですよ。と、言う言葉を、僕は無視した。小松君は肩を竦めて、串に残っていたお団子を再び頬張る。桜も散って、綺麗な緑が山を飾る。風が通り過ぎれば、さわさわとそれは心地良い音を立てた。
僕は小松君の膝に頭を乗せた状態で、小松君の口が団子を頬張る姿を横目に見る。
最近では小松君も頑張りすぎたことを反省したのか、時たまこうしてまったりと縁側で過ごす時間を増やしたようだった。疲れが取れないだろうと遠慮しようとした僕の手を、小松君は無遠慮に捕えて繋ぎとめたまま、なんだかあやふやな内にその日は一日過ごしてしまった。
それからというもの、今では小松君がまったりする日には必ず、僕もこうしてここでまったりとした時間を過ごすのがすっかり日課となってしまった。
「ほら、ココさん、これ美味しいですよ」
僕の思考を遮るように、小松君が僕に団子を差し出してくる。もごもごと動く小さな口元を見ながら、僕はそれを腕で柔く払い除けた。
「ココさん?」
僕はその首裏に腕を伸ばし、そのまま引き寄せる。疑問の声はまるっと無視して、僕は妖らしく、妖艶に微笑んで見せる。
「……僕は、こっちがいいな」
そのまま引き寄せた唇に、僕は自身のそれを重ねた。その口の中にある団子を奪っても、接吻を止めることはしなかった。
「小松を出せ」
数人の村人が、松明を持ってそこにいた。その目はもはや理性の色を伴ってはいない。
「小松君は今忙しいんだ、僕が用件を聞くよ」
「貴様では意味がない。小松を……――」
僕は言葉を遮り、風を巻き起こして松明の火を消した。村人は恐怖に慄き、何人かは転んだようだった。
「貴様、人の子ではないな!」
「……だとしたら、どうする? 人間のお前達に用はない」
僕は腕を伸ばす。圧倒的な力でもって人を捻じ伏せると、苦しそうに呻く人間達が僕を詰り始めた。
その中の一人が、僕の背後にある家を見て、叫ぶように言った。
「やはりあいつは、鬼の子だったんだ!」
それは、小松君に向けられて発せられた言葉だろう。その言葉に村人達は声を揃えて、今度は小松君を詰り始めた。小松君の家に火を放てという声もあれば、小松君を村から追放すべきだという声もあがっていた。
僕はその言葉に、思わず力の加減を誤りそうになった。だけど、命を奪っては元も子もない。この人間達に罪はない筈だ、多分。
小松君の泣き顔さえ思い浮かべなければ、僕はこの人間達をどうしていたかわからない。
人とはなんと脆いものか。自分達と少し違うくらいで、人というのはすぐにそれを排除しようとする。陰陽師である小松君の説く妖と共存するという志は、確かに立派だ。害のない妖のが多いのだから、もしも出来るならそうするにこしたことはない。排除しようとすれば、当然反発も起こるし、それに伴って恨みだって連鎖する。この恨みの連鎖を断ち切れる人間が、妖が、陰陽師が、この世界にどれ程いるだろうか。
早々いるものではないだろう。でなければ、この世界はもうちょっとマシな世界になる筈だ。
「……それ以上小松君のことを悪く言うのなら、僕も容赦しないよ、人間風情が」
村人達は僕の声なんか聞こえていないのか、小松君を詰る言葉を吐き出し続ける。醜い。その姿はとても醜い。僕としたことが、うっかり忘れかけていた。人とは汚い生き物なのだと、改めて思い知らされる。
小松君の考えは確かに立派だけど、当然村人には理解され難い。だからこういった摩擦が出てしまうのも頷けた。いつかは起こる気がしていた未来、それが今、目の前にあった。
妖とは本来、闇に巣食うもの。異端のもの。人間達には、恐ろしいものにしか映らない。
それと共存出来ないという人間達の言い分はわかる。だけど、わかろうともせず、ただ恐怖に突き動かされるままに小松君を排除しようとする姿は……。
僕はギリ、と唇を噛む。口の中に血の味が広がったけれど、この体を今まさに支配しようとしている激情を抑えるのに必死な僕は、そんなことに気をやる余裕もなかった。
「……鬼は、どちらだ」
地に伏せる人間達を冷ややかに見ながら、僕は地を這うような声で低く呟いた。
小松君と付き合っていく内に、僕は本当に小松君が陰陽師であることが不思議だった。純粋で素直な心は眩しいし、僕らに分け隔てなく接してくれる優しさは好ましかった。小松君のお陰で、この村の人たちも必要以上に妖を怖がらなくなってきているのも事実だと思う。その優しさに救われた妖も、人間も、数知れずいるだろう。
だけど、その優しさにつけこもうとする不埒な輩もいれば、それを良く思わない者達もいる。
そして、優しい彼の心は、こういう馬鹿な輩達によって、いとも簡単に傷付けられてしまうだろう。僕にはそれが、嫌だった。
この村人たちが小松君を排除しようとするのなら、僕にだって考えがある。指先を村人たちへと向けようとした瞬間、後ろの玄関戸が音を立てて開かれる音がした。そして、そこから飛び出してきた人物に、僕はびくりと体を竦ませる。
「ココさんっ、だめ……っ!」
家の中から飛び出してきたのは、間違えようもない、小松君だ。その姿に、僕は目を見開いた。
「小松、くん……?」
倒れ込むように抱きついてきたその体を抱き留めて、僕はそこに膝をつく。僕の妖力に、今の小松君が抵抗出来る力などない筈だ。余程の無茶をしているのだろうことだけは、わかる。
「大人しく寝ていればいいものを……なんで出てきたんだ!」
「だって、ココさんが……!」
小松君は僕の頬を掴み、ぐいとその胸に引き寄せる。
「駄目です、ココさん! 呑まれちゃ……っ!」
呑まれる?
僕はその言葉に、眉間に皺を寄せる。小松君は酷く辛そうな顔で、首を横に振る。ぎゅうと首に腕を回されて、小松君の温もりが僕の体を包み込んだ。
「あんな餓鬼の言うことを、間に受けてはいけません」
餓鬼? 僕は眉間に皺を寄せて、小松君の体から香るその匂いを吸い込んだ。その香りに、先程まで僕の中に燻っていた憤怒の感情がすうと消えていく。見上げると、柔らかな笑みを浮かべてた小松君がそこにいた。
「弱っていたのは、どうやらココさんみたいですね」
膝をついた僕の前髪を掻き上げて、小松君がそこに接吻してくれる。その袂からお札を数枚取り出すと、小松君は村人に向かってゆっくりと歩いていく。
「ココさん、具合が悪い所申し訳ないのですが、ちょっと手伝って頂けますか」
笑みを浮かべた小松君は、僕に向かって手を差し出す。その意味を悟って、僕は小さく息を吐き出した。
「……御意」
黒い翼を出して、窮屈だった姿から本来の姿へと戻る。仮に小松君の言う通り、僕の体調が悪いのだとしても、相手が餓鬼なら不足はないだろう。
「……はぁ、久々です」
のほほんとそう言いながら、小松君はお団子をとても美味しそうに頬張っている姿を、僕は見上げた。
「ん、ココさんも食ベまふ?」
もふもふと口の中に串を突っ込んだまま喋るその品のない姿に、僕は眉間に皺を寄せる。僕の眉間に寄せられた皺の意味を悟ったのだろう、小松君が苦笑を浮かべた。口の中のものを咀嚼して、きちんと飲み込んでから、僕の顔を覗き込む。
「そんな不機嫌な顔しないで下さいよ。美味しいんですもん、このお団子」
食べないと損ですよ。と、言う言葉を、僕は無視した。小松君は肩を竦めて、串に残っていたお団子を再び頬張る。桜も散って、綺麗な緑が山を飾る。風が通り過ぎれば、さわさわとそれは心地良い音を立てた。
僕は小松君の膝に頭を乗せた状態で、小松君の口が団子を頬張る姿を横目に見る。
最近では小松君も頑張りすぎたことを反省したのか、時たまこうしてまったりと縁側で過ごす時間を増やしたようだった。疲れが取れないだろうと遠慮しようとした僕の手を、小松君は無遠慮に捕えて繋ぎとめたまま、なんだかあやふやな内にその日は一日過ごしてしまった。
それからというもの、今では小松君がまったりする日には必ず、僕もこうしてここでまったりとした時間を過ごすのがすっかり日課となってしまった。
「ほら、ココさん、これ美味しいですよ」
僕の思考を遮るように、小松君が僕に団子を差し出してくる。もごもごと動く小さな口元を見ながら、僕はそれを腕で柔く払い除けた。
「ココさん?」
僕はその首裏に腕を伸ばし、そのまま引き寄せる。疑問の声はまるっと無視して、僕は妖らしく、妖艶に微笑んで見せる。
「……僕は、こっちがいいな」
そのまま引き寄せた唇に、僕は自身のそれを重ねた。その口の中にある団子を奪っても、接吻を止めることはしなかった。
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