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このシリーズと同じ動物の名前を持つ某方が狸の絵描いてくれて私どうしたら(動揺
嬉しすぎて一気に書き上げてしまった狸シリーズ6話目。
ちょっといつもより長めです。

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 物音も何もしない部屋の中にいると、なんだか一人ぽつんと残された気分になる。
 尻尾は浮上しない気持ちを表しているかのように、力無く垂れたままだ。ココさんが果たして、帰ってきてくれるのか。僕にはわからない。もしかしたら、もう帰ってこないかも。
 必ず帰ってきてくれるだろうと信じる心と、もしかしたらもう帰ってきてくれないんじゃないかという疑心の狭間で、僕は体をぶるりと震わせた。
 冷蔵庫の中身を見ながら今日の晩御飯は何が良いかと考えた結果、晩御飯はカレーに決定した。子供っぽいけど好きなんだ、カレー。と、言いながら笑ったココさんの顔を思い出した。
 材料を取り出しながら、行儀が悪いと思いつつも尻尾で扉を閉める。昔ここに尻尾を挟んだ記憶が微かにあるけど、流石にもうそんな失態はしな い……と、思う。あの時は本当にこの家にきたばかりで、声も出なくて、そんな矢先のあれだったから、怖くて痛くて仕方なかった。ココさんも触れたら怯える 僕に、大分苦労したんじゃないかと今では思う。長い月日を掛けてやっと触れた時は、ココさんも嬉しかったという話を以前一度だけされたことがある。
 シンクの前に踏み台を持ってきた僕はそこに乗って材料を切り始めた。滲んだ視界を誤魔化すように、僕はぐす、と鼻を鳴らす。目に玉ねぎがしみただけだと自分を誤魔化しながらも、調理する手は止めなかった。
 料理は元から好きだった。だからこうして、料理をさせて貰えるのは嬉しい。ココさんが料理をしているのを見ているのも、食べるのも大好きだけど、自分の手で作った料理をココさんが食べて、美味しいと笑ってくれるのが何よりも好きだったから。
 きゅ、と胸の奥が締め付けられたような思いに、僕はくすんとまた鼻を鳴らした。
 カレーはすぐに出来た。出来れば最低何時間か置いておきたい所だけど、どうせ明日もまたカレーにするのだからその時にまた食べればいいかと、僕は炊けたご飯を更に盛り、白いお米の上にそのカレーをとろとろと乗せた。
 皿を両手で持ち、僕はいつもココさんとご飯を食べる机の上に皿を置いた。アパートの二階は確かに狭いけれど、僕にはこれがちょうどいい。
 机の上に皿を乗せて、僕は椅子を引き出してその上に座った。ココさんはいないので、隣に誰もいないまま僕は小さく手を合わせた。
「……いただきます」
 今日は一緒に手を合わせてくれる人もいないし、一緒にそう言ってくれる人もいない。僕はスプーンを手に取って、熱いカレーに息を吹き掛けた。白 い湯気が僕の吐息に飛ばされて、消える。口に含んで食べれば、それはいつもと同じ味なのだけれど、何かが違うもののように思えた。
 隠し味だって入れた。材料だって同じ。スパイスだって、煮込んだ時間だって、いつもと同じなのに。こんなにも味気ない食事はいつ以来だろうか。と、僕はスプーンを動かす手は止めないまま、考える。
 いつもと違うこと。美味しいね。と、いつも笑ってくれるココさんが、横にいないこと。
 時計を見れば、もう夜の9時を過ぎる所だった。夜は家で食べるつもりだと言っていたけど、夜って一体いつまでのことを言うんだろうか。
 僕は食べ終わった食器を前に、また手を合わせた。「ごちそうさまでした」と、いう声にも、重なる声はなかった。
 洗い物をして、歯を磨いても、ココさんは帰ってこなかった。湯船は僕がまだ小さくて危ないから、一人じゃまだ駄目と言われている。だから、お風呂はシャワーになった。
 頭を乾かしてくれる大きな手も今日はない。一回尻尾や耳を震わせて水を払ったら怒られて以来、それはやらないようにしている。僕は自分で尻尾や 頭を拭きながら、もう帰ってきているだろうかと僅かに期待を胸に、浴室から出た。部屋は僕がシャワーを浴びにいったまま、何も変わっていなかった。
 耳が正直にぺたんとしてしまう。尻尾もぺたんと力を失くした。布団を苦労しながらも敷き終えると、時計は既に10時を過ぎてしまっていた。
 僕はぱちんと電気を消して、布団へと潜り込む。いつもココさんと使っている一組の布団。僕は小さいから、ココさんの布団に入ると大分広く感じられた。
 ぽすんと頭をココさんの枕に埋めると、ココさんの匂いが鼻をくすぐった。僕はそのまま小さく丸くなって、その枕に顔をむぎゅっと押し付ける。ココさんの匂いに包まれているような気がする布団の中で、僕の意識はいつの間にかぷつりと消えてしまっていた。





 翌朝、窓から微かに差し込む朝日に僕はぱちりと目を覚ました。朝ご飯を作って、ココさんを起こさなきゃ。そう思って体を起こし、今日はやけにすんなり起き上がれたことに僕はぱちぱちと目を瞬いた。
 いつも体に抱きついている、太い腕がないのだ。僕は昨日の記憶をそこで思い出し、部屋を見渡した。
 布団の中にも、部屋の中にも、どこにもココさんの姿がなかった。
 冷蔵庫を開けてみる。カレーは昨日見たまま、形も量もなにも変えていないまま、そこに置かれていた。
 どうやら、帰ってきていないらしい。
 かつん、と音がした。耳をぴくんと立てて、僕は玄関を見た。ココさんが帰ってきたのだろうか?
 その音はゆっくりと階段を昇ってきて、僕がいる家の傍に近付いてくる。
 ぺたぺたと玄関へと向かえば、ちょうど僕の家の前にその足音が来る気配。僕は耳をそばだてて、じっと玄関扉を見つめた。
 その足音は、僕の家の前を通り過ぎ、隣の家の鍵を開ける。そのまま家の中に入る音まで聞こえてきて、僕の耳はぺたんと力を失った。
 もしかして、捨てられてしまったのだろうか。僕はじわじわと胸に忍びよる不安の影を感じた。このまま、ココさんは帰ってこないのかもしれない。そして家も引き払われて、僕はまた一人、路上を彷徨うのかもしれない。
 何かココさんを怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。それとも市場に行ってみたいなんて、我儘を言ったのがいけなかったのだろうか? 僕はぺたんと床に腰をつけて、膝を抱え込む。
 わからない。わからなかった。
 だけどもう夜は終わってしまった。ココさんは夜には帰ると言っていた。なのに、何故ココさんは帰ってこないのか。僕の頭にはもう、答えは一つしか浮かんでこない。
 捨てられたから?
 膝の上に丸い雫がぼたりと落ちた。それはいくつもいくつも、膝を濡らしていく。昨日の夜からじわじわと溜まっていた何かが溢れだしたように、止めようと思っても止められない。こんな泣き虫だからココさんは帰ってこないんだ。と、僕は目を拭う。それでも涙は止まらない。
 目を擦り続ける僕の耳に、こつこつとした音が聞こえてきた。それは玄関からではなく、どうやら窓からのようだった。顔をあげると、黒い鳥が窓をこつこつと黒い嘴で叩いていた。
「きっす」
 僕は窓を開けた。キッスの丸い瞳が首を傾げて僕を見つめている。
「きっす」
 手を伸ばせば、キッスはとんと軽く飛んで僕の腕に乗った。慰めるような、くるるという声に僕は微かに笑った。
「ぼく、捨てられたのかも」
 ぐすんと鼻を鳴らせば、キッスが不思議そうな眼で僕を見ていた。キッスと話せたら良かったのになあと、僕はまた鼻を啜る。そうしたら、もう少し、寂しさは紛れたかもしれない。
「にゃっ?!」
 キッスが羽ばたいた。そのまま窓から大きな声をあげて、飛んでいってしまった。その黒い姿を見送った僕の胸に、また寂しさが込み上げる。けれど、その黒い姿が随分と低い所を飛んでいく。その先を目線で追って、僕は目を見開いた。
「小松君っ!」
 その道の上では、ココさんが走っている最中だった。出かける時に着ていた服はぼろぼろで、キッスはココさんのの頭上で旋回する、僕の不安を馬鹿にするように、大きな声で鳴いた。
「ココ、さん」
 掠れて声が上手く出ない。ココさんはその長い足を使って更に加速すると、アパートの下へと消える。がたんがたんと朝にしては随分と喧しい階段を昇る足音に、僕は玄関口を振りむいた。
 焦ったように鍵穴に鍵を差し込み、どこか焦ったように鍵穴が回された。すぐに扉が勢いよく開いた。息を切らして、汗を掻いているココさんの姿を、僕は夢でも見ているような気分で見つめていた。
「こまつ、くん……っ」
 僕を見て、どこかほっとしたような表情のココさんに、僕は立ち上がる。
「ごめん、ね。思ったより梃子摺ってしまって……トリコの奴、ゼブラと喧嘩した挙句に……っ?!」
 どん、と音を立てて僕はココさんに抱きついた。ココさんの話を遮ることになってしまったけれど、もうこれ以上我慢していられそうになかった。ぎゅうと抱きつくと、ココさんは一拍遅れて僕の頭を撫でてくれた。
「……小松君、僕、今凄く汗臭いと思うんだけど」
 僕は何も言わず、ぎゅっとココさんの体に抱きつく腕に力を籠めた。ココさんが小さく息を吐く音が聞こえて、僕はびくりと体を離し、ココさんを見上げた。
「ごめんなさい! 捨てないで、ください」
「小松君?」
「わがまま、言いませんから。もっと、もっと僕、頑張りますから、だから……っ!」
 今度は僕の言葉を遮るように、ココさんの長い腕が僕を抱き締めた。驚きに身を強張らせる僕の耳に、ココさんの優しい声が聞こえてきた。
「捨てるわけないだろ。何を馬鹿なことを言ってるんだ」
「だっ、だって、ココさん、夜、帰ってこない、からぁ」
 ぐす、とその声に、温もりに、安心した僕は崩れ落ちるように体から力が抜けた。その体をココさんは抱き留めて、靴を無造作に脱ぐと部屋に上がり込む。いつも僕が座っている椅子に座り、ココさんは僕を膝の上に乗せて、目からぼろぼろ落ちる涙をその長い指先で拭ってくれた。
「小松君はいつも一生懸命やってくれているし、もっと我儘言ってくれていいんだよ」
「我侭沢山言ってます、甘えすぎなくらい……」
 ココさんは僕の頬をむにりと抓ると、むっとしたような顔で僕を見下ろした。
「なあに、小松君は僕に甘えたくないの?」
「ち、違いますっ!」
「君がいつも、何か言いたいことやしたいことを我慢しているのは知っていたよ。やっと市場に行きたいって言わせたと思ったら、昨日の今日だし……」
 ココさんの目に、ちょっと寂しそうな色が浮かんだ。僕は首を傾げて、ココさんを見つめる。僕の頬を、ココさんの大きな掌が包み込んだ。
「君の我儘なんて、全然我儘のうちに入らない。君が楽しそうに笑っていたり、嬉しそうにしていたりすると、僕は嬉しいんだ。もっと僕を困らせるくらい、我儘言ってくれていいんだよ?」
「うれ、しい? ココさんが? だけどそんなことしたら、僕のこと、嫌になりません、か?」
 ココさんの言葉に、僕はじっとその目を見つめてみた。嘘はついていなさそうだ。その瞳は、不思議な色を浮かべて、柔らかく僕を見つめてくる。どことなく、温かい瞳で。
「わかってないなあ」
 ココさんは少し照れ臭そうに笑った。その顔は決して怒っているような、そんな表情ではなくて。
「僕は君が可愛くて可愛くてしょうがないの。君が捨ててくれって頼んできたって、手放せないくらいにはね」
 本当に? そんな問いを乗せてココさんを見つめてみても、ココさんは頷くだけだった。ぎゅっとココさんの服を握ると、ココさんの目が細められた。僕は声を失ったように、ごくりと息を飲み込む。ココさんの言葉に、とくとくと心臓が煩く音を立てていた。
「君の最初の我儘、聞かせて?」
 ココさんの声に、目に、促されるように僕は口を開く。
「あ、の……」
「うん?」
 その声に嫌悪の色は、ない。僕はぎゅっとココさんの服を掴む手に力を籠めて、ココさんの目を見上げた。
「僕、昨日カレー作ったんです。それを一緒に食べて欲しい、のと、あの、市場にも、行きたい、です」
「うん。それだけ?」
 ココさんはうんと僕を甘やかす気なのだろうか。落ち着かせるように背中を撫でられて、僕はこくんと喉を鳴らした。もじもじとしながらも、何か他にないだろうかと思考を巡らせた僕の頭に浮かぶ、もう一つの我儘。
「あの、ぼく、ココさんの作ったオムライスが食べたい」
 僕の言葉に、ココさんは一拍の後、ぷはっと噴き出した。何か変なことを言っただろうかと慌てる僕に笑いながら、ココさんは僕の頭をわしわしと撫でて、額に一つ、キスをくれた。
「了解。だけどそれ、我儘には入らないからね」
 そうなんですか? と、いうと、ココさんはそうなの。と、言葉にして、僕を抱え上げる。
「じゃ、僕の我儘を小松君には聞いて貰うかな」
 ココさんのそんな声に僕は耳をそばだてる。くすくすと笑うココさんは、とびっきりに甘い声で、僕に向かって囁いた。
「僕一緒に、お風呂に入ろう?」
 ほら、僕のせいでちょっと汚れちゃったし。と、言うその声こそ、我儘ではないような気がした。だけど僕はぎゅっとココさんの首に抱きついて、頷く。
「それからカレーを食べて、市場を見に行ってみようか。何かあるかも。晩御飯はオムライスね」
 どうやらココさんは、今日一日で僕の我儘を全部叶えてくれるようだった。僕が「いいんですか?」と、言うと、ココさんは「ほら、一日で終わっちゃった。これ、我儘にならないだろ? もっと僕を困らせてみて?」と、挑発的な笑みでもって僕をけしかける。
 それがココさんの優しさだとわかるから、僕は首を振って「十分です」と、答えることで精一杯だった。
 結局その日、お風呂からあがってから、いつの間にか眠ってしまっていた僕のせいで市場にいくことは出来なかったけれど、起きた時にココさんがとても優しい顔で「おはよう」と言ってくれたから、なんだかそれだけで胸がいっぱいだった。
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