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今日も今日とて、駄目だった。僕はがっくりと項垂れながら、校内の廊下を歩き、教室へと辿り着く。それから窓際の席で、ガツガツと昼食を貪るクラスメイトの前に、僕は弁当をどんと置いた。
「トリコさん、これ、よかったら」
「お、ラッキー! って、また渡せなかったのかよ」
いい加減あいつらかき分けて行けばいいだろ。
トリコさんの言葉に僕はふうとため息をついた。そんなことが出来たら、苦労はしていしない。
そもそも、あの人は友達とはいえ元々雲の上のような人なのだ。少し前に二人で話せただけでも、奇跡的だったと思う。
前にたった一度、お弁当をみたココさんが「美味しそうだね」と、言ったことや、僕の箸で一口、煮物を口にした、そんな程度で。
きっとお世辞だったんだろうなあ。と、僕は肩を落とした。優しい人だから、きっと僕を傷つけまいとしてくれたんだと、今ならわかる。
だって、手作りのお弁当やお菓子をトリコさんに渡しながら、ココさんが『こんなもの迷惑だ』と、言っているのを、僕ははっきりと聞いてしまったのだ 。
ちくんとまた胸が痛む。そうだよな、重いよな。しかも男からなんて迷惑なんてものじゃないよなあ。と泣きたくなるような気持ちになった。
「いつか、食べて貰えますかね……?」
「いつかもなにも、あいつならすぐ食いつくだろうぜ」
トリコさんはお弁当に目を輝かせ、早速ぱくついている。トリコさんが美味しそうに食べてくれるのも勿論とても嬉しいんだけど、ココさんが僕のお弁当を食べた、あの日のココさんの笑みが忘れられない。
あんな表情もできる人なのだと思うと同時に、僕はココさんへの気持ちを自覚したのだ。 最も、あれ以来ココさんの笑みを引き出そうと今なお女子が殺到しているので、元々多くなかった僕とココさんとの接触が、少なくなってしまったのもまた悩み の種だ。女子の勢いとは恐ろしい。
「……ほら、噂をすればってやつだな」
「はい?」
何言ってるんですか? と、ジト目でトリコさんを見れば、トリコさんは僕の背後を見つめたまま、にやりと笑っている。
「……トリコさん?」
「その顔やめろ、トリコ。頭にくる」
その声に、僕の心臓は今にも口から出るのではないかと思った。トリコさんがくっくと笑いながら、弁当箱を持って立ち上がる。
「ま、これは立ち退き料って所だな、ごっそーさん、小松」
「え!? あ、はいっ! 容器はあとで返して下さいね」
わーってんよ。と、トリコさんはそのまま歩き始めて、教室から出ていってしまう。多分まだ食べ足りないだろうから、購買にでも何か買いにいったのだろう。
「……トリコにまでお弁当作ってあげてるの?」
「ふぇ!?」
ココさんの言葉に、僕は思わずへんてこりんな声をあげてしまった。ココさんはなんだか不思議な表情で僕を見下ろしていて、僕はことんと首を傾げた。
「い、いえ……今日は、その、たまたまです」
「たまたま? 自分のお弁当、あるのに?」
「……えと、いっぱい作りすぎちゃって」
僕は苦し紛れの受け答えをする。ふーんと、ココさんは気のない返事をすると、僕の机の前の席に腰を降ろす。トリコさんの席だ。
「…………」
「…………」
訪れたのは沈黙だ。ココさんは手に持っていたらしいネオトマトジュースにストローを刺し、それを口にする。他には何もなさそうだった。
「……あの、お昼は?」
「ないよ?」
さらりと、さもなんでもないことのように。僕が目を見開くとココさんは笑って「あえて言うなら、これがお弁当、かな?」と、笑う。
「駄目です!」
僕はついカッとなって、そんな女子じゃあるまいし! と、自身のお弁当からおにぎりを取り出し、ココさんの前に置いた。ココさんの目が、僅かに見開かれる。
「小松君?」
「しっかり食べないと倒れてしまいますよ! ちゃんとバランス良く食べないと! これ半分あげますから、一緒に食べましょう!」
僕はココさんに詰め寄る。ココさんが少し圧されたように、ストローからその薄い唇を離した。その顔をじっと見つめているうちに、冷静になった心の中の僕がだらだらと冷や汗を掻き始める。
あぁ、つい、うっかり。でもでもだって、ココさんがいけないんだ。そんな、ネオトマトは確かに体に良いけれども、もっと、こう、体力のつくようなものを食べないと。
いや、でもそれなら購買を勧めたほうがいいのかもしれない。だってココさんは人の手作りなんて……
「……貰って良いの?」
「で、ですよねっ! 僕の作ったものなんて! 食べたくないですよねっ!」
ごめんなさい! と、そこまで言って頭を下げてから、僕ははたと顔をあげる。
「……え?」
「これ、貰っていい?」
ココさんの手が、ココさんの目の前に貰ったおにぎりを掴んだ。僕は思わず、こくこくと頷いてしまう。いや、でも、まさか、本当に?
ココさんは包みを開くと、口を開いてそれに齧り付いた。中身は鮭だ。
「……えーっと」
僕の声に、ココさんが視線を僕に向ける。その視線に、問いたいことは色々あった。
手作りは嫌いなんじゃなかったんですか。とか、何か用があってここにきたんじゃないのか。とか、色々だ。だけど、そんなことどうでもよくなるくらいに、目の前のココさんが嬉しそうにご飯を平らげていくものだから。
「美味しい」
「……っ、ほんとう、に?」
「うん、凄く美味しいよ!」
その言葉に、胸にほんわかとした気持ちが沸き起こる。前に見たココさんの笑みが、僕の目の前で咲き誇る。ココさんのそんな顔に、柄にもなく頬に熱が集まった。
「……良かったです」
良かったらこれもどうぞ。と、おかずを差し出すと、ココさんはそれも嬉しそうに食べていく。なんだか僕は、それを見ているだけでお腹いっぱいになってしまった。
「トリコのやつ、羨ましいな。毎日こんな豪華な昼食を食べているなんて」
ココさんが親指についた米粒を舐め取る。そんな仕草さえも一々男らしくて格好良い。惚れた欲目だなんだとトリコさんに散々からかわれてきたが、これはそんなの抜きにしたって格好良いと思う。
「……ココさんさえ迷惑でなければ、作ってきますよ?」
ココさんの言葉に調子に乗って、僕はそんなことを呟いてしまっていた。しまったと口を押さえても、音となった後ではそれはなんら意味をなさない。
ココさんは目を見開いて僕を見つめていたかと思いきや、苦笑を浮かべて首裏を掻いた。
「ごめん、そんな物欲しそうな顔、してたかい?」
「いえ、そんなわけでは……」
「君の負担にはなりたくないんだ。でも、欲を言えばたまに食べさせて貰えると、嬉しい」
君のお弁当、本当に美味しいから。
ココさんがはにかみながらそんな嬉しいことを言ってくれる。僕も思わず照れながら、ずいとココさんにお弁当箱を差し出した。
「小松君?」
「これ、全部食べて貰って大丈夫です!」
僕はがたんと立ち上がる。きっと今、僕の顔は茹で蛸みたいに真っ赤になっているに違いない。
「え? でも、小松君のじゃ……」
「僕はもう胸いっぱいて食べられないんで! もう無理なんで! 食べて下さい!」
「ちょ、ちょっと待ってどこにいくの?! ごめん、僕が何か……」
「違います! 夢じゃないか確かめてきます!」
「夢? ちょっと待って、こ、小松君っ!」
夢じゃなかったら明日、ココさんの分のお弁当も作ってきますから!
と、僕は困惑しているココさんに言い捨てるように告げて、ぱたぱたと教室の外へ小走りに向かう。
まさか、まさか、まさか。
僕は教室から離れている、普段は誰も使わないトイレに駈け込んで、水を勢いよく出した。ジャージャーと流れる水に手を突っ込み、それで顔を洗う。
鏡を見て頬を掴んでみても、痛いだけで目が覚めたりするようなことはない。
「夢じゃ、ない」
本当に夢じゃないのだろうか。
夢心地とはきっとこういうことを言うんだろう。僕は変な所で、変に納得してしまった。
心臓は暫くばくばくと、五時限目を知らせるチャイムが鳴るまで、鳴り止むことはなかった。
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