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今回の昇山者の中に王はいない、という結論が出たのは夏至を過ぎてからだった。離宮の扉が閉まれば、それはそういう意味になるらしかった。扉を閉めようと結論が出たのは昨日の夜、寝る前のこと。それで少しだけ、彼の肩の荷が降りたような気がした。
彼はまだ朝の暗い内に女仙達に許可を貰って、ゆっくりとお付きの女仙を従えて厨房へと向かう廊下を歩く。いつもならまだ寝ている時間なのに、何故か気になって上手く眠れないことが一つだけあった。こういう時は料理をするに限る。
彼は調理器具を出しながら、ここ最近の出来事を思い返していた。ここにきた時のこと、メルクと走り回った時のこと、女仙達と料理をした時のこと。
彼は食料庫から食材を必要な分だけ取り出した。厨房に肉を置き、瑞々しい野菜達は水で洗うために外の川で洗うことにした。少し歩いた所に、野菜を洗うにはもってこいの水場がある。外に出るときはなるべくメルクは人目に触れさせないようにと注意を受けていたので、メルクは彼の影の中に隠れた。
「よし!」
彼は川辺に籠を置いて、一つ一つ材料を丁寧に洗い始めた。夏の朝、ひやりとした水は手に心地良い。空は快晴、雲も白くて風も気持ちがいい。彼は上機嫌で材料をどんどんと洗っていった。
「……へえ、泰麒自ら雑用なさってんのか?」
その声に、彼はびくりと体を竦ませる。びくついた手元からトマトが落ちて、川の中を泳いでいった。
「あ!」
「おっと!」
彼の視線の先、赤い実が大きな掌に掬われた。視線をあげれば、夏空のような青い髪。
「トリコさん!」
「おー、俺の名前を覚えて頂いたようで、えーっと……あー、光栄です」
ぎこちない、たどたどしい敬語だ。彼はその言葉遣いがなんとなく新鮮で、くすりと笑う。
「笑わないで頂けるか。敬語はどうも……」
「使わなくて、大丈夫ですよ?」
「いや、そういうわけにも……ココが、なあ」
トリコは頬を掻いて、気まずそうに視線を彷徨わせる。体の割りに、その仕草はまるで子供だ。彼は小さくまた笑みを浮かべた。
「じゃあ、ココさんのいない時なら、いいんじゃないですか?」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」
トリコは彼の言葉に、ぷはっと笑い出す。やがて彼の小さな手に、赤い実を差し出した。
「変な麒麟だな、お前」
「駄目ですか?」
トリコの言葉に、彼は首を傾げる。やっぱりこの世界でも自分は異端なのだろうかと、高揚していた気持ちが僅かに鳴りを潜めた。
トリコから受け取った手の中の赤い実を見下ろし、彼は少し悲しくなる。結局彼のいていい場所など、どこにもないのではないか。そんな気さえしてしまっていた。
「んなことねーよ。面白いと思うぜ」
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、トリコの手が彼の小さな頭をがしがしと撫でた。
「にゃっ!?」
「変な顔してんじゃねーよ。誰に何言われたのか知んねーけど、お前はお前、だろ?」
大きな手が彼の頭から離れると、小さな子供はジト目で大男を見上げた。その顔に、トリコは笑う。
「ひっでぇ顔!」
「う、うっさいですよ! 誰のせいですか、誰の!」
トリコは肩を竦める。トリコの腹を彼が小さな手で叩けば、「効かねえなあ」と、どこかのんびりした声と、余裕そうな顔で彼を見下ろす。
屈託なくこうして接してくれるトリコの姿が嬉しくて、彼は手を止めてじっとトリコを見上げた。
「……あ? どうした? もう終いか?」
肩で息をする。額から流れ落ちる汗が気持ちいい。こんな風に汗を掻くのは、酷く久しぶりなような気がした。手の甲で流れ落ちた汗を拭うと、トリコの大きな掌が泰麒の頬を撫でる。不意に頭に触れようと動いた手が嫌なものに思えて、彼はびくりと身を引いた。
これは彼が、元の世界にいた時からままあることだった。頭を撫でる手が、酷くいやなものに思えることがある。祖母がよくそれで機嫌を悪くしていたことを思い出し、トリコもきっとそうなるのだろうと、彼はぎゅっと目を閉じた。
「すまねえっ!」
そんな彼の耳に聞こえてきた声に、彼は目を恐る恐る開いた。
「大丈夫か? 悪いことしちまったな」
「え?」
しゃがみこんだトリコが、心配そうに彼の顔を覗き込む。首を傾げた彼に、トリコは「あー」と間の抜けたような声をあげた。
「そっか。お前、あっちの世界で生まれたんだっけか」
あっちの世界。つまり、彼が生まれた世界のことだ。彼は頷き、トリコを見上げる。
「麒麟はな、額に角があるんだ。お前の額、ちょっと出っ張ってねえか?」
ここら辺。と、トリコが自分の額を指した箇所を、泰麒は触ってみた。確かに、少し出っ張っているような気がする。
「そこに角がある」
「角?」
「そうだ。それがお前の力の源でもある。麒麟にとって重要な所だから、触られれば嫌だと思うのは当然だ」
「……そう、なんですか?」
「こっちじゃそれが常識だ。ただ、お前みたいな奴の頭を触ろうとする人間なんて、この国にゃ王と女仙くらいしかいねえだろうがな」
先程まで頭を触っていたことは棚に上げ、トリコはけたけたと笑う。彼はその言葉に、ことりと首を傾げて見せた。
「じゃあ、トリコさんが王様なんでしょうか?」
「あ? 俺に王気でも見えてんのか?」
「……わかりません」
トリコは彼の返答に、小さく肩を竦めた。どかりと地面に腰を降ろし、暫く考えた後にまたニカッと笑う。
「じゃあ、違ぇんだろ。それに、俺は王って器じゃねえしな」
「え? だって皆、王様になるために昇山するんじゃないんですか?」
「そういう奴らだけじゃねえさ。国民の義務だからって参加する奴もいれば、回りに囃し立てられて参加する奴だっている。ま、そういう奴らはもうちょっと後だろうが。俺は黄海にいる獲物を食いにきただけだな。うめぇんだよな~、黄海の奴らの肉は」
トリコがじゅるりと涎を拭う。そのことに本当に食べることが好きな人なのだなあと、彼はトリコを見上げて苦笑を浮かべた。
不意に、トリコが空を見上げた。倣って空を見上げると、トリコがぽつりと呟く。
「俺は、ココが王になると思ってたんだけどな」
それも違うんだろ? と、視線と共に言われた言葉に彼は首を傾げるしかなかった。
「……わからないんです」
先程まで柔らかく笑っていた彼の顔が曇った。トリコは不思議そうに彼の顔を覗き込む。トリコには今にも彼が泣き出しそうな表情で、どこか途方にくれてそこに立っているように思えた。
「出来損ないなんです、僕」
「何言ってんだ?」
「……本当、なんです」
トリコはその言葉の真意を量るようにただ彼を見つめている。彼にとって重苦しい沈黙が辺りを支配していた。やがて「ふむ」と、何事かを思案していたトリコは、何を思ったかいきなり彼を抱き上げた。
「にゃあっ!? トリコさん!?」
「腹減っちまった。それ使って、何か作って貰おうぜ」
トリコが指を指したのは、泰麒がもってきていた野菜たちだった。彼はぎゅっとトリコの頭にしがみつき、首を振る。
「なんだ、女仙か?」
「それもありますけど! あの、厨房にお肉とか置きっぱなしなんですー! それを持っていかなきゃやです! それに、あの、出来れば僕が作りたいんですけど!」
トリコはきょとんとしたあと、彼の顔を覗き込んで、再びけたけたと笑った。
「やっぱお前、変な麒麟だな!」
辺りには暫く、トリコの笑い声と、泰麒の文句を告げる声が響いていた。
予想外のトリコマ。
だけどココマと言い張る。
この話のトリコさんはあくまで子供を構う父親みたいな心境。
彼はまだ朝の暗い内に女仙達に許可を貰って、ゆっくりとお付きの女仙を従えて厨房へと向かう廊下を歩く。いつもならまだ寝ている時間なのに、何故か気になって上手く眠れないことが一つだけあった。こういう時は料理をするに限る。
彼は調理器具を出しながら、ここ最近の出来事を思い返していた。ここにきた時のこと、メルクと走り回った時のこと、女仙達と料理をした時のこと。
彼は食料庫から食材を必要な分だけ取り出した。厨房に肉を置き、瑞々しい野菜達は水で洗うために外の川で洗うことにした。少し歩いた所に、野菜を洗うにはもってこいの水場がある。外に出るときはなるべくメルクは人目に触れさせないようにと注意を受けていたので、メルクは彼の影の中に隠れた。
「よし!」
彼は川辺に籠を置いて、一つ一つ材料を丁寧に洗い始めた。夏の朝、ひやりとした水は手に心地良い。空は快晴、雲も白くて風も気持ちがいい。彼は上機嫌で材料をどんどんと洗っていった。
「……へえ、泰麒自ら雑用なさってんのか?」
その声に、彼はびくりと体を竦ませる。びくついた手元からトマトが落ちて、川の中を泳いでいった。
「あ!」
「おっと!」
彼の視線の先、赤い実が大きな掌に掬われた。視線をあげれば、夏空のような青い髪。
「トリコさん!」
「おー、俺の名前を覚えて頂いたようで、えーっと……あー、光栄です」
ぎこちない、たどたどしい敬語だ。彼はその言葉遣いがなんとなく新鮮で、くすりと笑う。
「笑わないで頂けるか。敬語はどうも……」
「使わなくて、大丈夫ですよ?」
「いや、そういうわけにも……ココが、なあ」
トリコは頬を掻いて、気まずそうに視線を彷徨わせる。体の割りに、その仕草はまるで子供だ。彼は小さくまた笑みを浮かべた。
「じゃあ、ココさんのいない時なら、いいんじゃないですか?」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」
トリコは彼の言葉に、ぷはっと笑い出す。やがて彼の小さな手に、赤い実を差し出した。
「変な麒麟だな、お前」
「駄目ですか?」
トリコの言葉に、彼は首を傾げる。やっぱりこの世界でも自分は異端なのだろうかと、高揚していた気持ちが僅かに鳴りを潜めた。
トリコから受け取った手の中の赤い実を見下ろし、彼は少し悲しくなる。結局彼のいていい場所など、どこにもないのではないか。そんな気さえしてしまっていた。
「んなことねーよ。面白いと思うぜ」
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、トリコの手が彼の小さな頭をがしがしと撫でた。
「にゃっ!?」
「変な顔してんじゃねーよ。誰に何言われたのか知んねーけど、お前はお前、だろ?」
大きな手が彼の頭から離れると、小さな子供はジト目で大男を見上げた。その顔に、トリコは笑う。
「ひっでぇ顔!」
「う、うっさいですよ! 誰のせいですか、誰の!」
トリコは肩を竦める。トリコの腹を彼が小さな手で叩けば、「効かねえなあ」と、どこかのんびりした声と、余裕そうな顔で彼を見下ろす。
屈託なくこうして接してくれるトリコの姿が嬉しくて、彼は手を止めてじっとトリコを見上げた。
「……あ? どうした? もう終いか?」
肩で息をする。額から流れ落ちる汗が気持ちいい。こんな風に汗を掻くのは、酷く久しぶりなような気がした。手の甲で流れ落ちた汗を拭うと、トリコの大きな掌が泰麒の頬を撫でる。不意に頭に触れようと動いた手が嫌なものに思えて、彼はびくりと身を引いた。
これは彼が、元の世界にいた時からままあることだった。頭を撫でる手が、酷くいやなものに思えることがある。祖母がよくそれで機嫌を悪くしていたことを思い出し、トリコもきっとそうなるのだろうと、彼はぎゅっと目を閉じた。
「すまねえっ!」
そんな彼の耳に聞こえてきた声に、彼は目を恐る恐る開いた。
「大丈夫か? 悪いことしちまったな」
「え?」
しゃがみこんだトリコが、心配そうに彼の顔を覗き込む。首を傾げた彼に、トリコは「あー」と間の抜けたような声をあげた。
「そっか。お前、あっちの世界で生まれたんだっけか」
あっちの世界。つまり、彼が生まれた世界のことだ。彼は頷き、トリコを見上げる。
「麒麟はな、額に角があるんだ。お前の額、ちょっと出っ張ってねえか?」
ここら辺。と、トリコが自分の額を指した箇所を、泰麒は触ってみた。確かに、少し出っ張っているような気がする。
「そこに角がある」
「角?」
「そうだ。それがお前の力の源でもある。麒麟にとって重要な所だから、触られれば嫌だと思うのは当然だ」
「……そう、なんですか?」
「こっちじゃそれが常識だ。ただ、お前みたいな奴の頭を触ろうとする人間なんて、この国にゃ王と女仙くらいしかいねえだろうがな」
先程まで頭を触っていたことは棚に上げ、トリコはけたけたと笑う。彼はその言葉に、ことりと首を傾げて見せた。
「じゃあ、トリコさんが王様なんでしょうか?」
「あ? 俺に王気でも見えてんのか?」
「……わかりません」
トリコは彼の返答に、小さく肩を竦めた。どかりと地面に腰を降ろし、暫く考えた後にまたニカッと笑う。
「じゃあ、違ぇんだろ。それに、俺は王って器じゃねえしな」
「え? だって皆、王様になるために昇山するんじゃないんですか?」
「そういう奴らだけじゃねえさ。国民の義務だからって参加する奴もいれば、回りに囃し立てられて参加する奴だっている。ま、そういう奴らはもうちょっと後だろうが。俺は黄海にいる獲物を食いにきただけだな。うめぇんだよな~、黄海の奴らの肉は」
トリコがじゅるりと涎を拭う。そのことに本当に食べることが好きな人なのだなあと、彼はトリコを見上げて苦笑を浮かべた。
不意に、トリコが空を見上げた。倣って空を見上げると、トリコがぽつりと呟く。
「俺は、ココが王になると思ってたんだけどな」
それも違うんだろ? と、視線と共に言われた言葉に彼は首を傾げるしかなかった。
「……わからないんです」
先程まで柔らかく笑っていた彼の顔が曇った。トリコは不思議そうに彼の顔を覗き込む。トリコには今にも彼が泣き出しそうな表情で、どこか途方にくれてそこに立っているように思えた。
「出来損ないなんです、僕」
「何言ってんだ?」
「……本当、なんです」
トリコはその言葉の真意を量るようにただ彼を見つめている。彼にとって重苦しい沈黙が辺りを支配していた。やがて「ふむ」と、何事かを思案していたトリコは、何を思ったかいきなり彼を抱き上げた。
「にゃあっ!? トリコさん!?」
「腹減っちまった。それ使って、何か作って貰おうぜ」
トリコが指を指したのは、泰麒がもってきていた野菜たちだった。彼はぎゅっとトリコの頭にしがみつき、首を振る。
「なんだ、女仙か?」
「それもありますけど! あの、厨房にお肉とか置きっぱなしなんですー! それを持っていかなきゃやです! それに、あの、出来れば僕が作りたいんですけど!」
トリコはきょとんとしたあと、彼の顔を覗き込んで、再びけたけたと笑った。
「やっぱお前、変な麒麟だな!」
辺りには暫く、トリコの笑い声と、泰麒の文句を告げる声が響いていた。
予想外のトリコマ。
だけどココマと言い張る。
この話のトリコさんはあくまで子供を構う父親みたいな心境。
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