[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
女仙に許可を貰い、彼はトリコと一緒にトリコ達が宿泊している野営の場所へと向かった。後ろをちょこちょこと歩く彼を気遣いながら、トリコは女仙達から受け取った食材を肩に担ぎ直す。
「凄いですねえ~」
どこか呑気な声が、関心したようにトリコの背中に掛かる。
「そうかあ? これじゃ足りねえけどなあ」
「にゃっ!? どんだけ食べるつもりですか」
僕、大丈夫かな。と、呟いた子供を振り返り、トリコはおかしそうに笑う。
「さっきから思ってたけどよー……その、にゃっ!? ってやつ、なんなんだよ。猫のマネか?」
「~~~ッ!! 驚くと出ちゃうんです~! もうっ! トリコさん意地悪ですよ!」
ぎゃいぎゃいと文句は垂れるが満更でもなさそうな子供の様子にトリコは僅かに笑う。元々トリコは子供が嫌いではなかったし、彼の根が素直で優しいのであろうことは少し話せばわかる。それが、トリコには好ましく見えていた。王が今回の昇山者の中にいなかったのは残念だが、この麒麟ならば大丈夫だろうと、トリコは心のどこか安心していた。
そして、この麒麟ならば。と、トリコは子供を見下ろす。
この麒麟ならば、ココとも打ち解けられるのではないか。と、そんな風にも思っていた。
「……トリコさん?」
「なんでもねーよ」
荷物を担ぎ上げた手とは反対の手で、トリコは彼の小さな頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。頭を撫でられるのはどうやら好きらしい。小さな子供は僅かに頬を紅潮させて、嬉しそうに微笑んだ。
「よっし、ココに見つかる前に朝飯にしちまおうぜ!」
「え? ココさんは不在なんですか?」
小さな子供は少し残念そうにきょろりと辺りを見渡す。その体に、大きな影がぬるりと掛かった。トリコの目が、しまったとばかりに子供の背後を見つめている。
「……ここにおりますが」
「にゃあ!?」
よろけた体を、大きな手が支える。振り向けば、にこりと笑うココがそこにいた。ぞわぞわと背筋を駆け上る喜びとも違う何かに、彼は咄嗟に姿勢を正してココを振り返った。
「こ、ココさん!」
「蓬山公に名前を覚えて頂いていたとは、光栄だね」
突然背後に立ってしまって申し訳ないことをした。と、ココは膝をつき、頭を垂れる。彼は慌てて両の掌を横に振った。
「入り口の前にいた僕が悪いん、です……! ココさんはなんにも悪くありません!」
子供の言葉に、ココは一瞬驚いたように目を見開いた。必死に言い募る子供に、ココは目を細めて微かに笑ったようだ。その姿に、思わず泰麒の鼓動が音を奏で始める。こんな感覚は初めてで、泰麒は自分の体の変化に僅かに首を傾げた。
「ところで、トリコがご無礼を申し上げたようだ。こいつは後できつく叱っておくので、今回ばかりは目を瞑って頂けないだろうか」
戴国禁軍将軍が蓬山公に無礼を働いたとあっては、禁軍の面目が丸潰れだ。と、ココはトリコをきつく睨み据えて言う。トリコはといえば、既に腹を括った後なのか、呑気に肩まで竦めて見せる様だ。
「お前は全く反省の色がないな、トリコ」
「ぼっ! 僕がお願いしたんです!」
その気迫に飲み込みかけた言葉を、彼は勇気を振り絞って声に出した。二人の大男が、小さな子供を見下ろす。
「僕が! トリコさんに敬語を外すよう、命を下しました!」
だから、いいんです! と、やや涙を浮かべながら力いっぱいに彼は叫んだ。ココはそんな子供の必死な姿に、小さく息を吐くとトリコを小突いた。
「……蓬山公に、感謝をするんだな」
「へえへえ」
トリコは気にしてなどいない風に肩を竦める。額を抑えてやれやれと息を吐くココと、どこか飄々としたトリコのその対照的な姿に、彼は小さく笑みを浮かべた。その小さな声に顔をあげたココが、ふとトリコの持つ荷物に視線を投げた。
「ところで、その食糧は?」
「あ、今から朝ご飯を作ろうと思って。ココさんもどうですか?」
「…………蓬山公、が?」
「はいっ! 頑張って作ります!」
にっこりと笑って頷いた後に、彼はしまったと口元を押さえた。この国では麒麟が料理をするのは駄目なことではないが、少し可笑しいことだった。と、彼は助けを求めるようにトリコを見上げた。視線が合うと、トリコは仕方がないとばかりに口を開く。
「こいつ、料理作るのが好きなんだとよ」
「蓬山公にこいつ呼ばわりはないだろうが、この……っ!」
「あの……僕はそうして気軽に接して下さる方が、嬉しいですけど……」
トリコににじり寄ろうとしたココの袖を掴んで、彼は小さくそう言った。ぐっと言葉に詰まったココを、トリコがにやにやと眺めている。何か言おうとしたトリコを、ココは睨むことでその先の言葉を塞いだ。
「僕はあちらの世界の人間なので、丁重に扱って頂けることは嬉しいんですが、ちょっと慣れなくて……多分、慣れることは出来ないと思うんです。蓬山公と呼ばれることにも、泰麒と呼ばれることにも、やっぱり僕はどこかで、馴染めない」
出来損ないの麒麟だからかもしれませんけど。
泰麒と呼ばれることに慣れないといった子供はそう呟いて、俯いた。二人がどこか困惑しているような気配を感じて、彼は益々深く俯いていく。こんなことを吐露したのは、メルク以外には初めてのことだった。
彼はこの世界では常に丁重に扱われる。それは王を選ぶという、その責務故の対価だろう。それを理解はしていても、それに馴染めるかと言われれば、それは難しい。
こちらの世界の人達は、彼に親切にしてくれる。だけど、それはどこかに溝があるような気がして寂しかった。我侭だということはわかっていたけれど、やっぱりこうして砕けた口調で話をしてくれたり、思いっきり文句を言ったり、遊んだりすることの方が彼には嬉しかった。
俯いた彼の頭に、ふわりと温かな手が触れる。俯いていた顔をあげれば、柔らかく笑うココの顔があった。
「……公は、あちらではなんと呼ばれていたのかな?」
「……え?」
少し砕けた口調のココに、彼は驚いたように目を見開いた。その姿に、ココの瞳が細められる。
「蓬山公と呼ばれるのも、泰麒と呼ばれるのも、公はお嫌なんだろう?」
それならば別の呼び名が必要だ。と、ココは平然と言う。それは思ってもみない提案だった。彼は小首を傾げて、ココを見上げる。
「だから名前、なんていうんだよ?」
ずっと静観していたらしいトリコがしゃがみこんで、ココの横に並んだ。ココが僅かに顔を顰めたが、トリコは慣れたようにそれを無視している。
「……小松、です」
「小松ね。じゃ、俺、今度からお前のことを小松って呼ぶわ」
それならいいだろ? 違和感、あるか? と聞いてきたトリコに、小松と呼ばれた子供は首を横に振る。その名前で呼ばれるのは、随分と久しいような気がした。
はあ。と、ずっと様子を見ていたらしいココが盛大な溜息を吐いた。びくりと体を震わせた小松に、ココは苦笑を浮かべて手を振って見せる。
「僕も、慣れないといけないようだ」
「お、堅物ココが折れやがった。やっぱお前すげえ麒麟だな、小松ゥ!」
「…………お前が柔軟過ぎるんだ」
ジト目でトリコを睨んで釘を刺しながら、ココはトリコを小突く。トリコは満更でもなさそうな表情でその手を緩く払い退けた。くすくすと笑う小松に、ココの視線が注がれる。ココの優しい眼差しは、どことなく小松をそわそわとさせる。
「残りの短い間だろうけど、よろしくね、小松君」
そういって差し伸べられた大きな手を小松は見つめた。小松は小さく頷くと、差し伸べられた大きな手を掴む。その残り短い間という言葉に、どこか寂しさを抱えながら。
やっと小松君の名前出せたー!!!!!!!
言い忘れてましたが、禁軍というのは王直属の軍です。
王にしか動かせない軍。
軍の中でも特に優秀な者を集めた、最高位に位置している軍です。