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「にゃああ! いや、いやですううう!」
僕はほとほと困っていた。そこに続くのが「食べないで」ならまだ諭しようもあった。だけど腕に抱える小さな体は、そんなことを嫌がっているわけではない。
「水、水嫌ですっ! やなんですーー!」
一体全体この仔狸と水の間に何があったのか。僕には皆目見当がつかない。と、いうか知りたくもないのだけども。そもそも何故僕はこんな厄介事を進んで家に招き入れてしまったのだろう。
僕は早々に後悔し始めていた。こんな森で一人、何をしていたのか気になっていたのもあるし、なんとなく気になってしまったのも事実と言えば事実ではあるのだけれども。
そもそも普段の散歩コースとは違う場所を歩き始めてしまったのも、運の尽きだったのかもしれない。
今考えても仕方がないことだ。と、僕は首を振る。激しく抵抗をしてくるものの、そこは所詮仔狸だ。大人である僕に、この小さな狸が元より敵う筈もなく、その体から衣服を引っぺがすのにそう時間は掛からなかった。
「……だって君、凄い泥だらけっていうか、砂だらけだよ」
気持ち悪くないの? と、言うとぐっと押し黙る。気持ち悪いには気持ち悪いらしい。
「だって……」
「汚いまま食べる趣味は、僕にはないね」
仔狸は驚いたように僕を見上げた。僕はその隙に小さな体を掬いあげて、風呂場への戸を開けた。途端、再開される抵抗。
「にゃああ! たたた、食べるならいっそお風呂なしでお願いしますううう!」
食べられることよりも、どうやらお風呂に入ることのが嫌らしい。僕はその言葉に、思わず噴き出した。くつくつと笑っていると、ぴょこぴょこと丸い耳が動く。大きな瞳が、そこに涙を浮かべて僕を見上げた。
「変な子だね、君。食べられることよりもお風呂のが嫌なの?」
はいっ! と、彼は頷いた。僕はその勢いのよい返答に、益々面白おかしくなってきてしまった。
「じゃ、お風呂入ろうか」
「はいっ! って、なんでそうなるんですかーっ!」
にゃああ! と、悲鳴をあげる仔狸に構うことなく、僕は彼の脇に手を入れ、ゆっくりと降ろしていく。じたばたと暴れる彼の尻尾の先が湯に触れて、彼は益々錯乱したように暴れた。水が跳ねて、うっかり彼に気を取られていた僕は、彼の足や尻尾が蹴り上げた湯を、思いっきり頭から被ってしまった。
「あっ、ごめんなさいっ!」
「……うん」
いいよ? と、笑みを浮かべて、僕はもうこの際知ったことかと衣服を脱ぎ棄てる。それからゆっくりと、即座に仔狸を抱えたまま体を湯の中に沈めた。仔狸を膝の上に乗せると、暴れると僕を殴ると思ったのか、まるで借りてきた猫のようにしゅんと大人しく項垂れる。
「……にゃあ」
その耳がしおしおと垂れている。肩に湯を掛けてやれば、尻尾が湯の中でゆらりと揺れるのが見えた。
「気持ち良くない?」
その頬についた泥や、頭についていた葉っぱを取り除いてやると、仔狸はぴくぴくと耳を動かして気持ちよさそうに目を細めた。どうやら、気持ち良いらしかった。
「きもちいいです」
「そう、ならよかった」
たったの数十分の格闘。それでも僕の身には、それがなんだか数時間にも感じられる程の疲労となっていた。
「……僕、本当に食べられちゃうんですか?」
ことんと仔狸が不思議そうに首を傾げて、僕を見上げる。そのきらきらとした大きな瞳に、僕はくすりと小さく笑った。
「生憎、僕は君みたいな仔を食べる趣味はないね」
「うぇっ!? そうなんですか!?」
じゃあなんで僕を拾ったんですか?
純粋に聞かれて、僕はなんでだろうなと自分でも不思議に思う。そもそも、何故この仔狸と一緒に風呂に入っているのか。まずそこすら疑問だった。
「……ただの気紛れじゃない」
「へえ、じゃあ、僕は優しいココさんに拾われて、運が良かったですっ!」
「買い被りすぎだよ」
「そうですか? でも、ココさんとっても優しい目をしていたから、僕、最初からちっとも怖いとは思いませんでしたよ?」
にっこりと笑う仔狸が笑う。その笑みに、胸の中にじんわりと温かい何かが広がっていったような気がした。
僕はほとほと困っていた。そこに続くのが「食べないで」ならまだ諭しようもあった。だけど腕に抱える小さな体は、そんなことを嫌がっているわけではない。
「水、水嫌ですっ! やなんですーー!」
一体全体この仔狸と水の間に何があったのか。僕には皆目見当がつかない。と、いうか知りたくもないのだけども。そもそも何故僕はこんな厄介事を進んで家に招き入れてしまったのだろう。
僕は早々に後悔し始めていた。こんな森で一人、何をしていたのか気になっていたのもあるし、なんとなく気になってしまったのも事実と言えば事実ではあるのだけれども。
そもそも普段の散歩コースとは違う場所を歩き始めてしまったのも、運の尽きだったのかもしれない。
今考えても仕方がないことだ。と、僕は首を振る。激しく抵抗をしてくるものの、そこは所詮仔狸だ。大人である僕に、この小さな狸が元より敵う筈もなく、その体から衣服を引っぺがすのにそう時間は掛からなかった。
「……だって君、凄い泥だらけっていうか、砂だらけだよ」
気持ち悪くないの? と、言うとぐっと押し黙る。気持ち悪いには気持ち悪いらしい。
「だって……」
「汚いまま食べる趣味は、僕にはないね」
仔狸は驚いたように僕を見上げた。僕はその隙に小さな体を掬いあげて、風呂場への戸を開けた。途端、再開される抵抗。
「にゃああ! たたた、食べるならいっそお風呂なしでお願いしますううう!」
食べられることよりも、どうやらお風呂に入ることのが嫌らしい。僕はその言葉に、思わず噴き出した。くつくつと笑っていると、ぴょこぴょこと丸い耳が動く。大きな瞳が、そこに涙を浮かべて僕を見上げた。
「変な子だね、君。食べられることよりもお風呂のが嫌なの?」
はいっ! と、彼は頷いた。僕はその勢いのよい返答に、益々面白おかしくなってきてしまった。
「じゃ、お風呂入ろうか」
「はいっ! って、なんでそうなるんですかーっ!」
にゃああ! と、悲鳴をあげる仔狸に構うことなく、僕は彼の脇に手を入れ、ゆっくりと降ろしていく。じたばたと暴れる彼の尻尾の先が湯に触れて、彼は益々錯乱したように暴れた。水が跳ねて、うっかり彼に気を取られていた僕は、彼の足や尻尾が蹴り上げた湯を、思いっきり頭から被ってしまった。
「あっ、ごめんなさいっ!」
「……うん」
いいよ? と、笑みを浮かべて、僕はもうこの際知ったことかと衣服を脱ぎ棄てる。それからゆっくりと、即座に仔狸を抱えたまま体を湯の中に沈めた。仔狸を膝の上に乗せると、暴れると僕を殴ると思ったのか、まるで借りてきた猫のようにしゅんと大人しく項垂れる。
「……にゃあ」
その耳がしおしおと垂れている。肩に湯を掛けてやれば、尻尾が湯の中でゆらりと揺れるのが見えた。
「気持ち良くない?」
その頬についた泥や、頭についていた葉っぱを取り除いてやると、仔狸はぴくぴくと耳を動かして気持ちよさそうに目を細めた。どうやら、気持ち良いらしかった。
「きもちいいです」
「そう、ならよかった」
たったの数十分の格闘。それでも僕の身には、それがなんだか数時間にも感じられる程の疲労となっていた。
「……僕、本当に食べられちゃうんですか?」
ことんと仔狸が不思議そうに首を傾げて、僕を見上げる。そのきらきらとした大きな瞳に、僕はくすりと小さく笑った。
「生憎、僕は君みたいな仔を食べる趣味はないね」
「うぇっ!? そうなんですか!?」
じゃあなんで僕を拾ったんですか?
純粋に聞かれて、僕はなんでだろうなと自分でも不思議に思う。そもそも、何故この仔狸と一緒に風呂に入っているのか。まずそこすら疑問だった。
「……ただの気紛れじゃない」
「へえ、じゃあ、僕は優しいココさんに拾われて、運が良かったですっ!」
「買い被りすぎだよ」
「そうですか? でも、ココさんとっても優しい目をしていたから、僕、最初からちっとも怖いとは思いませんでしたよ?」
にっこりと笑う仔狸が笑う。その笑みに、胸の中にじんわりと温かい何かが広がっていったような気がした。
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