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「おい、ココ、見てみろよこれ」
暗い穴の先に、一体何がいるのか。入り口からずっと何かを引き摺ったような跡が松明に照らされて見える。それは酷く大きいもののようにも思える。
「……まだ新しい。なんだろうね、これは……」
「新種か? 美味ぇやつだといいんだが」
「お前はいっつもそればっかりだな」
ココの言葉に、トリコがくつりと笑った。
「ここのルールに従ってるだけだ」
にやり、と意地の悪い笑みだ。トリコがクックと笑う後ろを、ココと小松が続く。
「黄海のルール?」
小松の言葉に、トリコが振り向いた。そうか、お前はあまりここを知らないんだな。と、呟いたトリコが、小松の頭をがしがしと撫でた。
「黄海は正しく弱肉強食だ。小松、気分が悪くなったら無茶はするなよ」
振り返ったトリコの後ろからその穴の先を覗き、小松は頷いた。そこに得体の知れない何かがいる。その気配がしたような気がして、小松はぶるりと体を震わせた。
松明の明りは揺れ続ける。ココは小松が不安にならないように配慮してか、常に小松に話しかけ続けた。最も、獲物に気付かれないように小声ではあったけれども。それでも、その話は小松の不安を和らげるには十分な効力を発揮した。
この穴は一体どこまで繋がっているのだろう。随分と深くまで下る穴の中を歩きながら、小松は背後を振り返った。入口はもう見えない。ただ暗闇がそこにあるだけだった。
右へ左へと曲がり角を曲がってきたから、当然といえば当然の話だ。だけど、もう二度と戻れないような気がして、小松の胸にまた不安が戻ってくる。
「どうした、トリコ」
そんな時、ココが足を止めた。その視線の先では、トリコが歩くのを止めたようだった。
「行き止まり、か? でも、何かいるな、臭う」
トリコが鼻をひくつかせて辺りを見回す。確かに、臭う。とても嫌な臭いだ。そしてそれは、胸騒ぎを覚えるには十分すぎる臭いだった。
「小松君、大丈夫?」
小松の体は、知らずガタガタと震えていた。小松の中の何かが警鐘をあげる。ここにいてはいけない、ここから逃げろ、と。
「小松君?」
ココが屈み、小松の顔を覗き込む。小松の顔は、青褪めていた。
「顔色が悪い、具合が悪いのかい?」
「ココ、さん」
「うん?」
小松は手をココへと伸ばした。ぎゅっとその太い首に腕を回すと、ココの力強い腕が小松を抱き締めた。それでも、震えが止まらない。小松は震えそうになる声を絞り出すようにして、なんとか声をあげた。
「帰り、ましょう」
駄目だ、駄目だ、駄目だ。
小松はぎゅっと、更に力を籠めてしがみ付く。ココは小松を抱えて立ち上がった。
「……どうしたんだ?」
「小松君の顔色が悪い、引き上げるぞ」
大丈夫か? トリコは顔を顰め、小松の頭を撫でる。それよりも、小松は一刻も早くここから立ち去りたかった。
「いやです。ここは、とてもいやなんです」
唇が震えた。ここにいてはいけない。ここは危ない、危険だ。それ以外もう考えることが出来なかった。怖くて怖くて、堪らない。
尋常じゃない小松の怯え方にトリコが眉を顰めた。
「そうか、そんなら……ッ!?」
トリコは言葉の途中で飛び退いた。今までトリコがいた場所に、何か液体のようなものが飛び散るような音が響く。
トリコは着地すると同時に、迷わずに剣を取った。鈍い音を立てて鞘から抜かれた剣が、落ちた松明の明りに照らされて煌めく。
トリコのいた場所には、ぽっかりと穴が開いていた。小松はぎゅっとココの首にしがみ付く。
「トリコォッ! デビル大蛇だ!」
ココの声が洞窟内に木霊した。その声を遮るように松明の火が消え、辺りから光が消える。
「チッ、臭いの元はこいつかよ!」
ココとトリコはデビル大蛇を挟んで分断された。デビル大蛇のおぞましい声を聞いて小松は震え上がる。ココがいなければ、腰が抜けていたかもしれない。
「トリコ、右だ!」
ココが叫ぶ。トリコとデビル大蛇が、松明の消えた暗闇の中で蠢く気配はするが、小松には全く何が起こっているのかが全くわからない。
「うおっ?!」
「トリコ! くそっ、やられたか!」
がこんという何かを破壊する音と共に、トリコの気配が消える。その音と、ココの言葉に、小松はぶるりと体を震わせた。
「トリコさんっ!?」
悲鳴にも似た声をあげる小松を宥めるように、ココの手が小松の背を叩いた。
「大丈夫だ、ちょっと穴の中に落ちただけだから。あれくらいじゃあいつは死なないよ」
「でもっ!」
小松はココの腕の中でもがく。けれど、がっしりした体はびくともしない。
「大丈夫だから、安心して」
「ココさん……っ、」
不安気にココを見上げる小松に、ココは柔らかく笑って頷いた。
「シェフ!」
「メルクさん!」
そんな中、小松の影から異常を察してぬるりと出てきたメルクが、小松の傍に駆け寄る。ココは小松の体を自身の体から引き剥がすと、腕を伸ばしたメルクへと手渡した。
「頼んだよ、メルク。小松君を安全な所へ」
「言われずとも」
「やだ! メルクさん、離して下さい!」
小松の方にはもう目もくれず、ココがすらりと剣を抜いた。
「君は外に出ているんだ」
「嫌です! 僕も残ります!」
「駄目だ。こんな所でシェフの身に何かあっては、国の大事になる。ここは一旦、ココ殿の言う通り、外に出よう」
小松はメルクの声に耳を傾けることなく、首を振ってメルクの腕から逃れようともがいた。だって、どうして自分だけ逃げることが出来るだろう。
ここで二人を置いていってしまったら、一体誰が二人を助けるのか。
「駄目です、そんなことできません!」
「小松君、僕らなら大丈夫だから、行ってくれ! 戴にとって、君程大事なものはない。僕らのことは僕らがなんとかするから……メルク、頼む!」
> メルクが頷いたのが見えた。小松は瞳を見開いて、緊張に強張っている横顔を仰ぎみる。
「お二人を見捨てるなんて!」
「今は何より、御身のことを心配なされよ!」
ココが硬い表情で、硬い言葉で小松に告げる。またデビル大蛇の声が響いた。けれどここではない。もっと深い場所で、トリコとあの大蛇が戦っているのだろう。
小松は居ても立ってもいられず、メルクの腕の中で足掻く。
「離して下さい! 手遅れになったらどうするんですか! だって、このままじゃ……ッ!」「
駄目だ、それは出来ない」
メルクは小松を連れて、その場から遠ざかる。トリコやココの姿があっという間に闇の中に消え、そのことに小松の中の何かが大きく膨れ上がった。
――いやだ、駄目です! ココさん、トリコさんッ!
「僕は行かない! 逃げない!」
メルクの足がぴたりと止まった。僅かに緩んだ腕からもがいて抜けだすと、小松は必死に二人の元へと戻る。岩場に足を取られて何度も転びそうになりながらも、小松は進んだ。
死んではいけない。ここで死んではいけない! 自分の中の本能のようなものが、そう告げていた。
「シェフ!」
白い腕が伸びてくる。小松はそれを交わしながら走る速度をあげた。逃げない、逃げたくない。
小松は思う。
僕はいつも守って貰ってばかりだった。何も出来ない僕が、戻った所で何が変わるわけでもないかもしれない。でも……!
それでも小松は、二人の傍にいたかった。
「ココさんっ、トリコさんっ!」
「シェフ……泰麒!」
転がり落ちるように音のする穴の中へと飛び込んだ。下で待ち構えていたメルクが小松を受け止めたけれど、それでもメルクが小松を止めるのは不可能だった。
「ココさん……っ!」
息を荒げ、小松は足を止めた。そこには、剣を構えたココがいた。